蹴球マエストロ

一緒に素晴らしいサッカーを現実にしませんか?

サッカーと共に生きてきた。蹴球マエストロ FunTaのプロフィール

f:id:syukyumaestro:20190826164550j:plain

はじめまして!蹴球マエストロのFunTaです。


わたしは現在サッカーに関わるお仕事をさせていただいています。しかし、もっと世界を広げてしたいことがまだまだある!と考え、この度ブログを開設することにしました。(今後Twitterや他のSNSも開設する予定です。そちらもよろしくお願いいたします!)


わたしは約20年間サッカーに関わってきました。選手として中の下レベルだったわたしが幸運にも指導者として、チーム初のU-12全日本選手権出場チームを低学年から育て上げることに関わることができました。


今でこそ、好きなことをお仕事にできている私ですが、決して順風満帆ではなく、

● 学校でのいじめ、パニック障害
● 家族関係がぐらつくような家庭内の事件
● 夢や理想に近づける可能性が見えない毎日

などの経験をしてもサッカーへの想いで乗り越えて生きてきました。(このあたりについては、気が向けば記事にしようと思います)


ここでは、わたしの生い立ちやサッカー人生について振り返りと、これからどんな風に活動することを目指しているかを綴っていきます!

◆目次

とても病弱な幼稚園児でした…

今でこそ、ほとんど病院に行かないですが、幼稚園に通っていた頃は3日に1度休むほど身体が弱い子どもでした。大事な時に風邪をひくので、園の行事にはほとんど参加できませんでした。


そんなわたしを見かねた両親が幼稚園のサッカークラブに通わせてくれることになります。サッカー以外のこともよくするし、お遊びクラブでしたが、楽しく身体を動かせて、少しずつ体調を崩すことが減っていきました。


今思うと、この時期に「サッカーを楽しむことの大切さ」を体験させてもらえていたのだと思います。


しかし、サッカーを運動教室くらいに捉えていたわたしは、小学2年生になるまで、放課後宿題だけ済ませて家でテレビやゲームをする日々を送りました。


長期休暇期間中、ずっと家でゴロゴロしていたわたしについに母の雷が落ちます…。


それで何かスポーツクラブに入る流れになり、近所にあった野球クラブかサッカークラブを選ぶように言われたわたしは、しぶしぶサッカーを選び入団することになります。

専属コーチなしの学年、全く楽しくないサッカー

こうして本格的にサッカー少年になったわたしですが、入ったクラブは当時父兄のコーチが不足しており、自分たちの学年には専属のコーチがいませんでした。コーチがいないので当然ですが、ちゃんとした練習はあまりなく、ダラダラボールを蹴って遊んでいる感じでした。


ただ幼稚園の頃と違うのは、チーム内や他クラブと試合をする機会が増えました。しかし、練習をロクにせず臨む試合で楽しい思いをできるわけがなく、正直全く面白くありませんでした。


わたしたちの学年は、いつまで経ってもお団子でボールを蹴り合うだけで、サッカーになりません。試合で訳も分からないままに負け続ける日々が2年ほど続きました。


チーム内の紅白戦では、ミスをして先輩たちに嫌な反応をされるのが怖くて、試合中にボールから逃げる癖がついていました。いかに自然にボールから離れているかがわたしのミッションでした…。

サッカーの面白さに気づけたきっかけと変化

今思い返しても、わたしのサッカーと人生を大きく変化させる出会いがありました。


わたしたちが4年生に上がるタイミングでやってきた半教育実習生でありながら担任になった先生が専属コーチについてくれたのです。


この出会いから2年間でわたしのサッカー観は大きく変化していきます。


その先生は喜怒哀楽が激しく、応援している阪神タイガースが優勝したら宿題を1週間なくしたり、授業内容を好きに変える破天荒な方でしたが、人として正しいこととダメなことをキチンと教えてくれて、学校の時間外もサッカーを見てくださるような厳しくもあたたかい人間味溢れる大人でした。


そんな先生がやってきた年の夏休み、わたしたちはほぼ毎日午前練をしてもらいました。内容は基本ミニゲーム、その先生と1学年上のとても強かった先輩達も混ざってくれて、たくさん試合をしました。


試合の間にスター選手の好プレー集や、やべっちFCの録画を見せてもらって、こんなプレーをしよう!と話をして、試合で挑戦を繰り返すことで、技術的な遅れはありましたが、段々とサッカー本来の楽しさを実際に体感することができるようになっていきます。


テレビでサッカーをよく見るようになって、たくさん映像を見ましたが今でも脳裏に焼き付いているのがこの映像です。


youtu.be

日立マクセルのCMです。このCMが流れるたび小野選手の言葉と映像になぜか鳥肌が立ったことを覚えています。サッカーは楽しむことが大切だということを改めて実感し、楽しむためにもっと上手くなりたいと自主練を毎日するようになりました。


5年生の夏休み、また担任になった先生とサッカーに明け暮れていると、試合中自分の頭の中に変化が現れました。本当に時々でしたが、5秒くらい先の光景が見える現象が起こるようになります。


技術、周囲との連携、相手との位置関係、タイミング全てが上手く重なった時に起こる魔法のような現象にわたしは心を奪われました。


そのビジョンを高いレベルで実現するために、日々自主練やサッカー観戦、書籍で情報収集に力を入れましたが、技術面や実践力の遅れは大きく、さらに年齢が上がるにつれ、スピード・体力ともに高いレベルが求められる中、結局現役の内にプロになる夢は叶いませんでした。

サッカーの神様はいる。より大きな可能性へ

高校生活で現役プレーヤーを諦めるも、サッカーに関わる仕事はしたいと思っていたので、体育大学に進学しました。

まあ4年間もあるし、ゆったり飲食店でバイトでもしながら、楽しく過ごそうと考えバイト先も決まっていたのですが、高校の同級生の誘いと父のアドバイスで週4~5日U-12のクラブチームでバイトすることになります。


f:id:syukyumaestro:20190826214409j:plain


そのクラブは、当時から地域で有名なクラブだったので、それなりに親御さんのプレッシャーを経験しました。FAXでコーチ1人に対する抗議文が届いた話を聞いたときは驚きました。


そんな環境で1年目から2年生を1人で担当することになりました。


練習を考え実践し、反省・修正して何度もチャレンジする日々は、現役プレーヤーだった頃に不足していたモノを埋めていく作業のようで、自分はこんな風に練習していればもっと良くなっただろうという要素をたくさん練習に盛り込むようにしていました。


その日々は挑戦や勝負の連続で大変なことも多かったですが、一瞬一瞬楽しくて仕方がありませんでした。


その積み重ねが実を結び、指導した学年は3年生で関西大会に出場、6年生でクラブ初の全日本選手権大会出場チームに成長しました。


また当時掛け持ちで個人レッスンも兼務しておりまして、リフティング30回だった6年生の男の子を週に1回、半年間トレーニングした結果、全国大会メンバーに入るレベルまで育てた経験もさせていただきました。


せいぜい地方選抜レベルのプレーヤーだったわたしが指導者として、全国大会レベルの育成を実現できるとは思ってもみなかったので、今でも信じられないことですし、いまだにどこが他の指導者の方々より優れていたのか胸を張って言えないです。


今後、当時教えていたことや様々なエッセンスについて今後の記事で余すことなく皆さんにお届けしながら自分の強みももっとわかってくるかなあと思っています。

今までの経験から見えたものとこれから

自分自身、今までを振り返って思うことはどんな状況でもサッカーを楽しんできたことと、頭の中で理想のサッカーを描いて実現することを諦めなかったことで道が開けたような気がします。(もちろん、周囲の人の支えがあってこそですよね)


1つ思うことは、スポーツは体を動かすことをメインに捉えられがちですが、どのように動くか指示を出す脳を鍛えることも同じように重要です。サッカーの書籍をあまり読まない方は、これから読むことをお勧めします。


わたしは今後このブログや別の媒体、機会を通じてわたしの経験や学んだこと、これから学んだことを皆さんにお届けしていきます。


f:id:syukyumaestro:20190826223943j:plain

皆さんの人生、サッカーライフがより幸せなものになることをサポートできれば嬉しいです。


ここまで駆け足でまとめましたので、わかりづらい部分が多々あったかと思いますので、ご質問などあればコメントください。


では、またお会いしょう!!